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「虞美人草」備忘録

夏目漱石虞美人草」備忘録

 


死 は 万事 の 終 で ある。 また 万事 の 始め で ある。 時 を 積ん で 日 と なす とも、 日 を 積ん で 月 と なす とも、 月 を 積ん で 年 と なす とも、 詮 ずる に すべて を 積ん で 墓 と なす に 過ぎ ぬ。


「人間 万事 夢 の ごと しか。 やれやれ」 「ただ 死 と 云う 事 だけが 真 だ よ」 「いや だ ぜ」 「死 に 突き当ら なくっ ちゃ、 人間 の 浮気 は なかなか やま ない もの だ」


天下 を 相手 に する 事 も、 国家 を 向う へ 廻す 事 も、 一団 の 群衆 を 眼前 に、 事 を 処する 事 も、 女 には 出来 ぬ。 女 は ただ 一人 を 相手 に する 芸当 を 心得 て いる。 一人 と 一人 と 戦う 時、 勝つ もの は 必ず 女 で ある。 男 は 必ず 負ける。


親兄弟 と 云う 解け ぬ 謎 の ある 矢先 に、 妻 と 云う 新しき 謎 を 好ん で 貰う のは、 自分 の 財産 の 所 置 に 窮 し て いる 上 に、 他人 の 金銭 を 預かる と 一般 で ある。


小説 は 自然 を 彫琢 する。 自然 その 物 は 小説 には なら ぬ。


人 の 過去 は 人 と 犬 と 木 と 草 との 区別 が つか ぬ よう に なっ て 始め て 真 の 過去 と なる。


文明 の 民 ほど 自己 の 活動 を 誇る もの なく、 文明 の 民 ほど 自己 の 沈滞 に 苦しむ もの は ない。 文明 は 人 の 神経 を 髪 剃 に 削っ て、 人 の 精神 を 擂 木 と 鈍く する。


「形容 は 旨く 中る と 俗 に なる のが 通例 だ」 「中る と 俗 なら、 中ら なけれ ば 何 に なる ん だ」 「詩 に なる でしょ う」 と 藤尾 が 横合 から 答え た。 「だから、 詩 は 実際 に 外れる」


ある 人 は 十 銭 をもって 一円 の 十分一 と 解釈 し、 ある 人 は 十 銭 をもって 一銭 の 十 倍 と 解釈 す と。 同じ 言葉 が 人 に 依っ て 高く も 低く も なる。


気の毒 とは 自我 を 没し た 言葉 で ある。 自我 を 没し た 言葉 で ある から ありがたい。


答え を すれ ば 弱く なる。 もっとも 強い 返事 を しよ う と 思う とき は 黙っ て いる に 限る。 無言 は 黄金 で ある。


「日本 でも そう じゃ ない か。 文明 の 圧迫 が 烈しい から 上部 を 奇麗 に し ない と 社会 に 住め なく なる」 「その 代り 生存競争 も 烈しく なる から、 内部 は ますます 不作法 になり ま さあ」 「ちょうど なん だ な。 裏 と 表 と 反対 の 方角 に 発達 する 訳 に なる な。 これから の 人間 は 生き ながら 八つ 裂 の 刑 を 受ける よう な もの だ。 苦しい だろ う」


「父 は 死ん で いる。 しかし 活き た 母 よりも たしか だ よ。 たしか だ よ」


運命 は 単に 最 終結 を 告 ぐる が ため に のみ 偉大 には なら ぬ。 忽然と し て 生 を 変じ て 死 と なす が 故に 偉大 なのである


死 を 忘 るる もの は 贅沢 に なる。 一 浮 も 生中 で ある。 一 沈も 生中 で ある。 一挙手一投足もことごとく生中にあるが故に、いかに踊るも、いかに狂うも、いかにふざけるも、大丈夫生中を出ずる気遣いなしと思う


道義 の 観念 が 極度 に 衰え て、 生 を 欲する 万人 の 社会 を 満足 に 維持 し がたき 時、 悲劇 は 突然 と し て 起る。 ここ において 万人 の 眼 は ことごとく 自己 の 出立点 に 向う。 始めて 生 の 隣 に 死 が 住む 事 を 知る。